高田 嶺山の制作品と陶歴

高田 嶺山の制作品

① 高田嶺山 色絵金彩厳島神社図大皿

高田 嶺山による厳島図は“名所絵”のようであり、裏表を合わせ見ると、厳島神社の観光絵図を見ているような気になります。(続く)

 

 

② 高田嶺山 金襴手割取人物風景図皿

扇形の割取を中央に置いて、その周りに五つの割取を配置しています。割取の中には人物図と風景図は加飾されていないものの、割取と割取の間が金襴手の緻密な文様で埋められ(続く)

 

高田 嶺山の陶歴

高田嶺山(作太郎)  明治6年(1873)生、昭和9年(1934)歿

高田 嶺山は、父 伝右衛門が文久3年(1863)から寺井大長野村で焼物窯を営んでいたので、10才のころに父の作業を見ているうちに絵付を始めたといわれます。後に、金嶋 岩嶺(詳細不明)に師事しました。師から一字をもらい「嶺山」と号するようになりました。

高田 嶺山は九谷焼の基本であった骨描きに卓抜した巧さがあったといわれ、合わせて、当時盛んに使われていた洋絵の具について研讃を積み、和洋の絵の具のどちらも使いこなすことができるようになったので、風景画に近い絵付ができたといわれます。

制作品には、物語もの、田作り作業図など生活に定着したものがあるほか、絵画風の趣向が強いものもあります。