制作者不詳 倣古九谷観梅人物図変形鉢

作品の解説

この作品の制作者は、赤絵、金襴手が盛んな明治期において、古九谷を思慕する陶画工の一人であったとみられ、古九谷のある作品に倣ってこの五彩手の作品を制作したと考えられます。真っ白な見込みには複雑にからんだ枝につけた紅梅、それを観て何かを思っている人物が描かれています。このような古九谷風の再現は、絶えることのなかった古九谷への思慕によったと考えられます。

サイズ 横幅 約37.7cm 縦幅 約27.5cm 高さ 約5.7cm

この台鉢は松皮菱(まつかわびし)と呼ばれる形をしていて、菱型の見込みには、中国・明時代後期に刊行された「五言唐詩画譜」を絵手本に使い制作された古九谷の作品かのように、まるで文人を思わせるような衣服をまとった人物が、頭上に張り出す梅の枝に咲く満開の花を観ながら、何かを思っている姿、その人物が立つ地面に植えられた灌木などが黄、群青、緑、紫、赤の九谷五彩で色彩豊かに描かれています。

また、見込みの周囲の縁文様にもやや大きな紗綾文と七宝文が互い違いに五彩で描かれ、その間には花と吉祥文がやはり五彩で描かれています。これもまた、赤絵や金襴手の明治九谷にはない古九谷に倣った描法と思われます。

台鉢の真っ白な裏面には大きな緑の葉が高台の外側を一周して描かれています。その高台は高め(約2.6cm)のもので、高台の外側に古九谷に見られる凹凸文が繋げて描かれています。

銘は塗りつぶされた二重角に「福」の字です。明治期の銘は、制作者の屋号・名前、「大日本九谷」「加賀九谷」などがよく見られましたが、この作品の制作者は古九谷の画風や文様の使い方を研究していくうちにこの二重角に「福」の字を書き入れたと考えられます。

作品の制作者 不祥

吉田屋窯が江戸時代末期に古九谷の青手を再現しましたが、五彩手は明治に入ってから再現されました。明治期に倣古九谷の作品を制作した陶画工には、九谷五彩の絵の具を探求した初代 德田八十吉、古九谷写しを模索した二代 八十吉、初代 三ツ井為吉、初代 松本佐吉らの名工が中心となり、明治九谷の一つのジャンル“青九谷”を築きましたが、この作品の制作者のように、名前不祥のまま“青九谷”を製作する陶画工が多くいたと考えられます。

 

管理№ 18081809
展示開始年月日  2019.9.27
希望価格 13800円
備考 保存木箱付き 作品に小さな欠けがあります